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読書はしないといけないの? [本]

現在、あまり本腰を入れて本を読んでいないので、記事を書くほどのこともないのですが、なんでもいいからたまにはアウトプットしないとインプットの効率が悪くなる気がするのでダラダラと書いてみようと思います。

現在ぐるぐると回しているのは以下の6冊。

「老子」 (講談社学術文庫)
「菜根譚」(角川ビギナーズクラシックス)
「孫子・三十六計」(同上)
「論語」(同上)
「万葉集」(同上)
「私の岩波物語」山本夏彦

この他にらせん三国志も継続中。

読まずに積んであるのが以下の3冊。

「木曜日だった男」チェスタトン
「マイナス・ゼロ」広瀬正
「それでも、日本人は「戦争」を選んだ 」加藤陽子

それから、もうやめようと思っているのにやっぱり読んでしまう佐藤優を2冊ほど読んだ。

「人生の極意」 
↑人生相談が大好物なので読まずにいられない。自分も頑張ろうと思える。

「自分を動かす名言」
↑名言というものは個別で見るとなるほど名言だけれど、集めると矛盾していたりするものだ。


今日の朝日新聞の投書欄に「読書はしないといけないの?」という大学生の投書と、それに対する反響のお手紙が特集されていて興味深かった。
きっかけとなった投書をしたのは教育学部の大学生で、大学に入って本を読むようになったけれど、読まなくても問題ないのではないか、それよりもアルバイトや大学の勉強の方が大事ではないか、と感じるそうだ。
これに同意する中学生の投書によると、読書は効率が悪く、役に立つのか分からないので魅力を感じないという。

なるほどなぁ、と新鮮な気持ちでこれらの意見を読んだ。

若人たちの読書に対する反発というのは、「読書=善」という押しつけに対する反発があるような気がする。
本を読むことはいいことだ、本を読まないことは問題だ、という言説が流布しているがために、読書に対して「必要」「効率」「役立つ」という言葉が出てくるのだと思う。

私自身は平均的な日本人よりは本を読む方だと思うけれど、別にそれが特別良いことだとは思っていなくて、むしろ本を読むことくらいしかすることのない気の毒な人だと思っている。
年間に数百冊、数千冊読むようなレベルになればそれも生きていく上での武器になるかもしれないけれど、私程度の読書量では毒にも薬にもならぬただの暇つぶしでしかない。

だから、若人たちの「なぜ本を読まなければいけないのか」という問いに私が答えるならば、「別に読まなくてもいい」となる。
読書が必要な人はいずれおのずと本を読むようになるし、一生必要のない人は一生読まない。
本を読むことでなんとか自分を繋ぎ止めて生きながらえているような私からすると、読書の必要のない人は羨ましいほど幸せな人だと言える。





ただいまの三国志 [本]

ただいま、吉川三国志は劉備がしれっと蜀へ乗り込んでいったところです。
横光は周瑜が死んで、劉備一味が荊州南部を奪い取るところ。

いやー、吉川周瑜いいね!
今まで周瑜って全然興味なかったけど、今この時点で「三国志で誰が好き?」って聞かれたら周瑜って答えるかもしれない。
「どこが好き?」
「すぐ興奮して血を吐くところ[黒ハート]

完全に孔明にコケにされてますね。
改めて読むと、孔明ってホント性格悪いね!
周瑜のことバカにしすぎだよね。

呉の立場からすると、劉備一味ホントひどい。
赤壁で実際に戦ったのは呉の皆さんなのに、しかも曹操と戦う羽目になったのって劉備のせいなのに、戦利品としての荊州を孔明に乗っ取られ、頼みの綱の大都督周瑜は「おのれ、孔明~~がはっ」って死んじゃうし。
気の毒に……

蒼天航路は荊州に攻め込んできた曹操の大軍から劉備と民衆たちが逃げてるところ。
蒼天劉備は比較的うざくないと思っていたけれど、やっぱりうざいね、この人。

「時の地平線」も同じ辺りで、開戦を説くために孔明が呉に乗り込んでいったところ。
この孔明、正装するとどう見ても女でなぁ……服装も髪型も。
そんでもって曹操が鋭い顔つきのごつい武人で、この二人が戦場で邂逅したりするもんだから、どうしても私にはBASARAの朱里と更紗に見えてしまってなぁ。。。
普段の悩める青年孔明と鮮やかに呉を説き伏せる説客孔明が全然融合してなくて違和感。
ちなみにこちらの周瑜は黒髪長髪の美形でサナトリウム的に血を吐く。見た目には江森孔明、というか小林智美画伯の孔明にそっくり。

近頃スピードが落ちてきたらせん三国志です。





最近買った本 [本]

普段雑誌は買いませんが、選手名鑑が欲しかったので購入。

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○○名鑑の類いが大好きです。
舐めまわすように読み込みます。

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山本夏彦に洗脳されているので、お気に入りの角川ビギナーズ・クラシックスシリーズから4冊購入。
いずれも物語ではないので順を追って精読する必要はなく、ぱらぱらと気になる部分を拾い読みしています。





完本 文語文 [本]

三国志とか三島とか佐藤優とか、立て続けに古典への示唆を受けた結果、amazonの神のご宣託によりこの本を読むに至りました。

「完本 文語文」 山本夏彦



ご無沙汰しておりました、山本翁。
「年を歴た鰐の話」以来でございますねぇ。

山本夏彦の本は2,3冊しか読んでいないのだけれど、私が歌舞伎を観るようになったのは紛れもなくこの人がきっかけで、受けた影響は計り知れない。

この本は日本伝統の文語文について書いた文章をまとめたもの。
引用される名文の美しさ、リズムの心地よさ。
やんぬるかな、その伝統は明治で途絶えてしまったと山本翁は嘆く。
いまさら文語文に戻れと言っているわけではない。それはもはや不可能である。
父の影響で明治の文章に親しんだ山本翁ですら、文語文は書けないという。
しかしまだ滅びきっていない語彙がある。それらを惜しむ。

百人一首すら暗誦できず、四書五経の素読など受けたことがない私の身において、文語文は骨にも肉にもなっていない。
しかし血の数滴くらいには混ざっていると思いたい。

解説の徳田孝夫の言葉に希望を見る。
「われわれはもう二度と文語文に戻れない。だが古人に学び古典を写し、型を覚えることはまだ可能である。」

四書五経は無謀すぎるとして、史記全巻とは言わないまでも、古来より規範と言われたその文章に触れることは無駄ではあるまい。
でもいきなりちくまとか岩波とかに手を出すとすぐ挫折しそうだから、まずは故事成語を知るレベルを目指すということで横光史記から始めるのはどうでしょう。



まだ三国志も読み終わってないのに!





朗読CD [本]

漢学の素養とかそんなことを考える流れで、Amazonの神から「こういうのも読んでみたら」と勧められて、山本夏彦の「完本・文語文」を読みました。
この本のことは後日改めて記事にするとして、音としての日本語の心地よさというものを感じたくなって、以前から愛聴している「山月記」「名人伝」「牛人」の朗読CDを聞いた。

江守徹の朗読でね、すごくいいんだよ。
抑揚といい、緩急といい、豊かだけれどわざとらしくない。
もう何度も聞いているので頭に刷り込まれている。
私にとって、中島敦の上記3作品は江守徹の朗読とほぼ一体化していると言っても過言ではない。
物語を耳から聞く、ということはいいものだなぁ、としみじみと感じた。

朗読には朗読の良さがあるけれど、しかし難点もある。
それは朗読者との相性があるということ。
作品と朗読者との相性もあるし、聞く人と朗読者との相性もある。
私の経験上、これは合わないことの方が多い。

夏目漱石、梶井基次郎、藤沢周平など、図書館にある朗読CDを他にもいくつか借りたことがあるけれど、何度も聞くほどに惚れ込んだのは江森徹の中島敦のみ。
ほとんどが途中で聞くのをやめた。

先日、図書館で「李陵」の朗読CDを借りてきた。
朗読は日下武史。
長いのでまだ途中までしか聞いていないけれど、これもなかなかいいぞ。
江森徹とはまた違った淡々とした読み方が、西の不毛地帯を北征する絶望的な行軍に合っている。

もう一つ借りたのが雨月物語。
これは好悪が半々といったところ。
重みのある女性の声は雨月物語の雰囲気に合っているのですが、抑揚をつけすぎて鬱陶しい場面が多い。
例えば、私が一番好きな「青頭巾」の中でも、極めつけだと思うこの箇所。

「其肉の腐り爛るるを吝(おし)みて、肉を吸ひ骨を嘗めて、はた喫(くら)ひつくしぬ」

腐った死体を喰らうというおぞましい行為をあえて淡々と描写しつつも、死体を貪る坊さんの心中の慟哭が聞こえてくるような名文だと私は思っているのですが、この箇所を某国の国営テレビに出てくるカリスマ女性アナウンサーのような激しい抑揚で読むので、その調子に驚いて内容の凄まじさが消えてしまう。
私は怒りすら覚えた。

逆に、破れ寺にて深夜、鬼となった坊さんが客僧を探して「禿驢いづくに隠れけん、ここもとにこそありつれ」と叫んで走り回る場面は緊迫感があってよかった。
ここは抑揚というよりは緩急がついているからいいのかもしれない。

おしなべて朗読というものはあまり感情をこめない方がいいらしい。

さて、この雨月物語のCD全5枚組のうち1枚は河合隼雄による談話解説が入っています。
これが実にいい!
河合先生は稀代の聞き上手であるだけでなく、話し上手でもあられる。
柔らかな語り口もいいし、お話の内容がすこぶる面白い。
「こういう人、今の世の中にもたくさんいますね」
「主人公のように、運命から逃れよう逃れようとすると、かえって運命に近づいて行ってしまうということはよくあります」
聞きながら思わず大きく頷いたり、唸ったりしてしまう。
5枚全部、河合先生の解説でよかったんじゃないか?





古川日出男訳 平家物語 [本]

池澤夏樹プロデュースの日本文学全集のうちの1巻として、古川日出男訳の平家物語が出ていることを知った。



昨日、図書館で手に取ってみたのだけれど、厚さが6~7センチくらいある大著。
総ページ数、908ページ。
大変な大仕事です。お疲れ様でした。

原文を一切省略することなく、すべて訳出したとのこと。
それでいて現代の琵琶法師を目指す語り口。
さすが古川日出男。

たぶん間違いなく面白いだろうし、感謝したいくらいの人選だし、もし私が平家物語の全文を読みたいと思ったらこの古川訳を読むだろうけれど、それでも私が本書を読むことはおそらくないと思う。

この大著を読み切るほどには平家物語を愛していないから。

後世に残すべき遺産として古川日出男が完訳してくれた意義は疑いようもなくて本当にあっぱれなんだけれども、さて、どんな人がこの本を読むのかなぁ、と考えてしまった。

平家物語を読んでみたい、という程度の人はこの枕になりそうな本を選ぶことはないだろうし、原文を愛する人は今さら現代語訳なんて読まないだろう。
そうなると、原文はもとより、あらゆる訳を読みつくしたマニアが「どれどれどんな風に訳しているか見てやれ」と読むくらいか。
あるいは熱烈な古川日出男ファン。

せっかくの大仕事なのに、あんまり人の目に触れることがなさそうですごく残念だなぁ、と思ってしまった。
ま、私の心配するこっちゃないですがね。





漢文力 [本]

​吉川三国志を読んでいると、普段目にしないような難解な熟語が出てきて、漢学の素養ということを想います。
そんな折、三島由紀夫のインタビューテープが見つかったというニュースがあり、その中で三島が「漢学の素養がなくなってから日本人の文章はだらしがなくなった」というようなことを語っていると知りました。

漢学の素養って、そもそもなんだ?

そこでこんな本を読んでみました。

「漢文力」 加藤徹



昔ながらの漢学の素養ということについて論じている本ではなくて、もっと漢文を身近に感じてみませんか、あなたの悩みは昔の中国人がすでに考え尽くしたことかもしれません、というような内容です。

この本でいう「漢文力」というのは、漢文の試験でいい点数を取る技術ではなくて、
「漢文を読み、そこに展開されている古人の思索を追体験することによって身につく力。歴史や宇宙など、より大きな時空のなかに自分を位置づけ、明日を生き抜くための設計図を描く力」
とのこと。
おお、いいね。それよ、それ。
私がいまさら漢学の素養を身につけようなんておこがましいにもほどがあるもんね。

論語や荘子など超有名どころの抜粋を白文、読み下し文、口語訳と併記した上で、そこから話題を広げていって、マルクス・アウレリウスの「自省録」や金子みすゞの詩なども引用しつつ縦横無尽に語るエッセイ、かな。
大学での講義を基にしているそうで、こんな授業なら受けてみたいと思いました。
たまに自作の漢詩を載せているのは若干ひくけど……

三国志ネタもちらほら出てきてファンとしては嬉しい。

「魏延よ。孔明にわからなくても、俺にはわかるよ、おまえのその気持ちが」などと心のなかで突っ込みを入れつつ、その人物の人生を追体験できます。

というくだりは色んな意味で笑ってしまった。
うん、わたしにもわかるよ、おまえのその気持ちが。

余談ですが、最近「延べ3000人」とか「延長戦」とか見ただけでニヤニヤするようになってしまったんですがどうしたもんでしょうか。



ついでに、らせん三国志は吉川・横光でいよいよ赤壁に突入しました。
これから曹操が燃えるところです。
蒼天航路は烏丸の袁一族追討戦の最中ですが、郭嘉がもうすぐ死んじゃう上に、孔明がキモすぎてめげそうです。
そろそろ「時の地平線」も織り込んでいこうかしら。





読んでいる本、読んだ本、買った本 [本]

「僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意」 池上彰、佐藤優



池上彰とか佐藤優のこの類いの本は、私のようなインテリ気取りの凡人が読む精神的ポルノだと思っているので、もう買うまいと思うのだけれど、つい買ってしまう。
人間とは弱い生き物であることよ。


「猫を抱いた父」 梯久美子



梯久美子さんの最新刊「狂うひと」が大変な評判で、読んだら絶対面白いんだと思うんだけど、三国志を両手いっぱいに抱えている私には今はちょっと手に余るので、かわりにエッセイ集を読んだ。
梯さんのお父さんは元自衛官だそうで、なんだか親近感がわく。
そのお父さんと海外旅行に行った話などが載っている。
母と娘のようにはケンカにならず、リタイアした父と行き遅れの娘という組み合わせは人々の心の琴線に触れるらしく、色々親切にしてもらえるからおすすめだそうだ。
私も行ってみようかしら。


「読書脳 ぼくの深読み300冊の記録」 立花隆



書評本、好きなんだよねー。
書評を読んだだけで読んだ気になれるからね。
これもやっぱり精神的ポルノだね。

ところで立花隆ってもう結構いい歳だと思うんだけど、いまだに女体の神秘とかエロス方面に並々ならぬ関心をお持ちのようで、しかもそれを隠すわけでもなく堂々と書評に出してくるあたり、すげぇな、と思います。


らせん三国志は相変わらず続いていますが、第一走者の吉川版でようやく袁一族が滅ぼされたところです。
今朝は夢に袁紹が出てきました。なぜか蒼天袁紹でした。





らせん三国志 [本]

相変わらず三国志ばかり読んでいます。
複数の三国志を同時並行でぐるぐる回して読んでいるので、話はなかなか先に進みません。
でも比較しながら読むのってすごく面白い。

まず一番手は吉川三国志。
ようやくこれから官渡の戦いで、まだ孔明はコの字も出てきません。

続いて横光三国志。
けっこう忠実に吉川三国志をマンガ化していることがわかった。
これって今の時代だったら「原作:吉川英治」って書くレベルの忠実さだわ。
好きなコマをスクリーンショットで保存して後で眺めてニヤニヤするのも楽しい。

その後を追うのが「蒼天航路」。
横光ではほとんど個人の特定ができない魏の軍師ーズ(荀彧、荀攸、郭嘉、程昱)がきっちりキャラ立ちしていて嬉しい。特に郭嘉のにゃんこ目が可愛くて好き。

そんでもってところどころで白井三国志を挟んで癒される。
ネガティブ魔人の瑾ニイチャン、鬼太郎な夏候惇、だんだん壊れ気味の孔明あたりが特にお気に入りです。

ある程度話が進んだら、折を見てSWEET三国志を入れる。
キャラクターはけっこうメチャクチャなんだけど、実は長大な話をうまいことコンパクトにまとめているあたりが流石。
董卓軍討伐で深追いしすぎた曹操が命からがら逃げ出した後、再会した家臣たちが「殿が生きていた!」と大喜びする場面、どの三国志でも好きな場面ですが、意外にもSWEETが一番ぐっとくる。
ふんどし姿の曹操をみんなで胴上げしてすごく嬉しそうなのがいいんだよー。

できれば「時の地平線」も同時並行で、と思っているのですが、冒頭、徐州での曹操との因縁の場面が終わると一気に時間が進んで、徐庶が荊州の劉備の元へ出仕する話になってしまうので、もうしばらく出番はなさそうです。
ところで、この作品の曹操登場シーン、なんかこういうの昔読んだよなぁ、なんだったかなぁ、としばらく考えて、思い出しました。
「BASARA」の赤の王そっくりです。
その流れでいくと、敵同士であることを知らないまま、曹操と孔明は正体を偽って密かに逢瀬を重ね、いつしか互いにひかれあっていくストーリーになっちゃうんですけど、なにそれちょーウケる! とひとりで面白がっていました。
大丈夫です、たぶんそういう話じゃないです。

こうしてらせん状にグルグル読み進めていって一通り読み終えたら、誰々は○○版が一番好き! みたいなのをやりたいと思っています。すごく楽しみ。
まあ、孔明は間違いなく横光だね。




寒梅忌 [本]

1月26日は藤沢周平の命日で、寒梅忌というらしい。
まだまだ寒さが厳しい中で凛とした花を咲かせる梅の姿は、藤沢周平が描く人物のイメージにとてもよく合う。

初めて読んだのは「蝉しぐれ」だった。
大学の授業で課題図書になっていて、3冊の中から選んだと記憶するが、他の2冊が何だったか、なぜこの作品を選んだのか、さっぱり覚えていない。
課題を出した先生のことはあんまり好きではなかったけれど、藤沢周平を読むきっかけを与えてくれたことには今でも感謝している。
「蝉しぐれ」はおそらく藤沢作品で一番人気があると思うし、私も長篇では一番好きな作品。

短編では「雪明かり」が一番好き。
全体的なトーンは暗くてなんともやるせない話なのだけれど、決して読後感は悪くなく、傷付いた者同士が支え合って世間の片隅でひっそりと暮らす姿が浮かんできて、人が生きることの切なさだけでなく、ほのかな希望や温かさも感じる大好きなお話です。
濡れ場はないのに全編通してしっとりとした色気があるのもいい。

藤沢周平の端正で抑制のきいた文章は、はるか遠くにそびえたつ私の理想でもあります。
久しぶりに読もうかな。