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朗読CD [本]

漢学の素養とかそんなことを考える流れで、Amazonの神から「こういうのも読んでみたら」と勧められて、山本夏彦の「完本・文語文」を読みました。
この本のことは後日改めて記事にするとして、音としての日本語の心地よさというものを感じたくなって、以前から愛聴している「山月記」「名人伝」「牛人」の朗読CDを聞いた。

江守徹の朗読でね、すごくいいんだよ。
抑揚といい、緩急といい、豊かだけれどわざとらしくない。
もう何度も聞いているので頭に刷り込まれている。
私にとって、中島敦の上記3作品は江守徹の朗読とほぼ一体化していると言っても過言ではない。
物語を耳から聞く、ということはいいものだなぁ、としみじみと感じた。

朗読には朗読の良さがあるけれど、しかし難点もある。
それは朗読者との相性があるということ。
作品と朗読者との相性もあるし、聞く人と朗読者との相性もある。
私の経験上、これは合わないことの方が多い。

夏目漱石、梶井基次郎、藤沢周平など、図書館にある朗読CDを他にもいくつか借りたことがあるけれど、何度も聞くほどに惚れ込んだのは江守徹の中島敦のみ。
ほとんどが途中で聞くのをやめた。

先日、図書館で「李陵」の朗読CDを借りてきた。
朗読は日下武史。
長いのでまだ途中までしか聞いていないけれど、これもなかなかいいぞ。
江守徹とはまた違った淡々とした読み方が、西の不毛地帯を北征する絶望的な行軍に合っている。

もう一つ借りたのが雨月物語。
これは好悪が半々といったところ。
重みのある女性の声は雨月物語の雰囲気に合っているのですが、抑揚をつけすぎて鬱陶しい場面が多い。
例えば、私が一番好きな「青頭巾」の中でも、極めつけだと思うこの箇所。

「其肉の腐り爛るるを吝(おし)みて、肉を吸ひ骨を嘗めて、はた喫(くら)ひつくしぬ」

腐った死体を喰らうというおぞましい行為をあえて淡々と描写しつつも、死体を貪る坊さんの心中の慟哭が聞こえてくるような名文だと私は思っているのですが、この箇所を某国の国営テレビに出てくるカリスマ女性アナウンサーのような激しい抑揚で読むので、その調子に驚いて内容の凄まじさが消えてしまう。
私は怒りすら覚えた。

逆に、破れ寺にて深夜、鬼となった坊さんが客僧を探して「禿驢いづくに隠れけん、ここもとにこそありつれ」と叫んで走り回る場面は緊迫感があってよかった。
ここは抑揚というよりは緩急がついているからいいのかもしれない。

おしなべて朗読というものはあまり感情をこめない方がいいらしい。

さて、この雨月物語のCD全5枚組のうち1枚は河合隼雄による談話解説が入っています。
これが実にいい!
河合先生は稀代の聞き上手であるだけでなく、話し上手でもあられる。
柔らかな語り口もいいし、お話の内容がすこぶる面白い。
「こういう人、今の世の中にもたくさんいますね」
「主人公のように、運命から逃れよう逃れようとすると、かえって運命に近づいて行ってしまうということはよくあります」
聞きながら思わず大きく頷いたり、唸ったりしてしまう。
5枚全部、河合先生の解説でよかったんじゃないか?



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